交ぜて若干の金を積み、それをザラリザラリと数えては積み、数えては積んでいる物の音ですから、お絹が怪しみました。
誰かこの座敷で金勘定をしているな――しかしこれは解《げ》せない。解せないのみならず、あるべからざることで、日頃、金がほしい、金がほしいと口に出しているのを、憎い狐狸《こり》どもが知って調戯《からか》いに来たのか。
そう思うと、ゾッと気味が悪くなりました。
「お前様」
「はい」
「ちょっと様子を見て参りますから、これにお待ち下さいませ」
お絹は住職をとどめておいて、こわごわとその室に近寄って見ますと、暗い中で、まさしくザラリザラリと銭勘定の音。
「誰?」
お絹がとがめてみますと、
「私ですよ」
「え?」
「私でございます」
「何をしているのです」
「お銭《あし》の勘定をさせていただいているんでございますよ」
「お銭の勘定……人の家へ来て何だって、そんな無躾《ぶしつけ》なことをなさるんです、いったいお前は誰です」
「私だというのに、わかりませんか」
「わからないよ、声を立てて人を呼びますよ」
「いけません、いけません」
「では、早く出ておいで」
「お絹様、わたくしでございます、七兵衛ですよ」
「七兵衛さん……」
お絹はあいた口がふさがりませんでした。
「いつ来たの、お前」
「三日ほど前に参りました」
「なんとか挨拶したらよかりそうなものじゃありませんか、だしぬけに人の家へ入って来て、銭勘定なんぞをはじめて」
「でも、これが商売だから仕方がありませんね。いま明りをつけますから、お待ち下さいまし」
と言って、七兵衛が先刻の裸蝋燭《はだかろうそく》へ火をつけた途端に、障子を開いたお絹が見ると、あたりはパッと金銭の小山。
「まあ――」
お絹はまずその光に打たれてしまいました。
その翌日になって、お絹から千隆寺の住職を、改めて神尾主膳に引合わせた時、おたがいに呆《あき》れ返って、
「やあ、君か」
という有様でありました。
千隆寺の住職――その名を敏外《びんがい》――というこの男は、姓を足立といって、本所の林町で相当の旗本の家に生れ、不良少年時代には、主膳と肩を並べて、押歩いた仲間の一人でありました。
そこで、ガラリと砕けて、お互いの打明け話になってみると、この敏外は、叔父が護国寺の僧で、それを縁故に仏道に入り、無理に坊主にさせられて今日に及んだということであります。
「君などは、坊主になってうまい商売をはじめたものだが、拙者の如きはこの通りの有様でウダツが上らない、何かしかるべき商売があらば世話をしてもらいたいものだ」
と神尾がいいますと、足立敏外和尚はまるい頭をなで、
「ふふん」
と笑いましたが、またつくづくと神尾主膳の面《かお》を見て、
「君のその眉間《みけん》はどうしたのだ」
「これか――」
主膳は今更のように眉間の傷に手を当てて、
「ちっとばかり怪我をしたのだ、これあるがゆえに、この面《かお》が世間へ出せぬ」
「うむ、ちょうど、眼が三ツあるようだ」
「生れもつかぬ不具者《かたわもの》――」
といって主膳の面《かお》には憤怒《ふんぬ》の色が現われました。それは、いつもこの傷を恨むと共に、骨にきざむほど憎らしくなる思い出は、あのこま[#「こま」に傍点]ちゃくれた、口の達者な怖ろしいほど勘《かん》のいい弁信という小法師のことであります。あいつのためにこうまで、生涯拭えぬ傷を負[#「負」は底本では「追」]わされたと思い出すと、堪らない憎悪の念がいっぱいになるのであります。
「いや、その傷が物怪《もっけ》の幸いというものだ。我々の眼で見ると愛染明王《あいぜんみょうおう》の相《すがた》だ」
「ふふん」
と今度は主膳が冷笑しました。主膳の冷笑は、敏外のよりもすさまじさがある。しかし、敏外住職は存外まじめで、
「その竪《たて》の一眼は、愛染明王の淫眼といって、ことに意味深い表徴《しるし》になっている」
「ナニ、いんがん[#「いんがん」に傍点]」
「左様」
「どういう字を書くのだ」
「淫は富貴に淫するの淫の字――これは愛染明王が大貪著時代《だいどんじゃくじだい》の拭うても拭いきれない遺品《かたみ》だ。横の両眼は悪心降伏《あくしんごうぶく》の害毒削除の威力を示すが、竪の淫眼のみは、いつでも貪著と、染悪《せんお》と、醜劣と、汚辱《おじょく》とを覗いてやまぬものだ」
「ははあ……」
神尾主膳は苦笑いしながら、何か当てつけられたように感じました。
暫くしてこの二人は、久しぶりで一石《いっせき》囲むことになって、おたがいに多忙の心を盤の上に忘れてしまいます。
当分は、この住職殿も、この屋敷の厄介になることだろう。
一方、廊下の隅の一間には、裏宿の七兵衛がドッカとみこしを据《す》えてしまいました。
いつも風のように来て
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