聞いては、舌をまかずにはいられません。
 すべて人は、自分の持っていない知識経験には、ことに驚嘆し易《やす》いもので、その驚嘆から、嫉妬も起れば、尊敬も湧くものでありますが、田山白雲が、駒井甚三郎に大なる敬意を持ったのは、この鉄砲の手腕から起りました。
「着弾距離はどのくらいですか」
「左様、これは六百間までは有効のつもりですが……」
「従来のものとの比較はどうですか」
「それは着弾距離において、三分の一以上はすぐれているでしょう、しかし、特長はこの元込《もとご》めにあるのです、これがもう少し思うようになると、日本の戦争が一変します」
「なるほど」
 白雲は銃を駒井の手から借受けて、つくづくとながめて感心をつづけていると、駒井は、ただいま船に据《す》えつける大砲を工夫中であるから、出来上ったら海上へ向けて試射をするから、見て下さいといいました。うちみたところ、瀟洒《しょうしゃ》たる貴公子であるこの人が、なかなか恐ろしい武器の製造者であることを、白雲はいよいよ驚いていると、
「短銃を一つ試験してみましょうか。西洋のピストルです、日本の懐鉄砲《ふところでっぽう》というやつですね」
といって駒井は懐中へ手を入れて、革袋の中から取り出したのが、コルト式の五連発であります。この人は常にこれを懐中にたくわえているらしい。そうしてズンズン的場《まとば》の板のところへ進んで行って、白墨で粗末な人形を一つかいて置いて、十歩の距離に立戻り、
「あの眼をうってみましょうか」
 無雑作《むぞうさ》に切って放った一発が、まさに人形の眼に当りました。
 駒井甚三郎は五連発のピストルを三発打って、あとの二発を白雲に打たせました。そうしていうことには、
「これは今、日本へ渡っている短銃のうちでは最新式のものですが、西洋ではその後、どんな進歩したものが発明されているかわかりません。私の考えでも、いちいちこうして使用したあとで、ケースを抜き取って弾薬を詰めかえる手数が、もう少しなんとかならないかと思います。それと、もう少し形を小さくし、量を軽くしたいものだと思います。その方針で研究していますから、そのうち相当の改良を加えてみるつもりです。今のところは、この小銃と大砲の方へ力を注いでいるものですから、これで満足しているほかはありませんが、これはゆくゆく、てのひらの中へ握り切れるほどの小さなものにして、そうして、威力が減じない程度に改良され得るだろうと思っています。ですからピストル――日本ではそういっていますが、やはりピストルですね、もとはイタリーの地名から出たので、短銃という意味はないのですが、将来はむしろ拳銃とでもいった方が適切になるでしょう――要するにピストルは、進歩するほど小さくなるのが原則であり、大砲は、いよいよ大きくなるのが進歩であります……大砲の工場をひとつ見て下さい」
 駒井は的板《まといた》の下に立てかけた小銃を取って先に立つと、白雲はピストルを持ちながら、的板の弾痕を調べて見ると、いずれも一寸の厚みある板を、無雑作にうちぬいていました。
 こうして二人はブラブラと小さい丘を上り、海岸の造船所に近いところに設けてある駒井甚三郎の鉄砲工場の方へ歩いて行きます。
 駒井甚三郎は、江川、高島の諸流を究《きわ》め、更に西洋の最新の知識を加えて、その道では権威者の随一でしたが、以前は幕府というものが後ろにあって、研究にも、実際にも、非常に便宜を与えられていましたが、今はそうはゆきません。
 工場といっても、ささやかなものではありますが、その道の鍛冶をつれて来たり、自身が素人《しろうと》を教育したりして、ともかく、十七間の船に備えるほどの大砲を修理する設備が整うているのであります。
「これはカノーネルの一種で、関口の大砲製造所で作らせたうちの一つを持って来て、修理を加えているのですが、海軍砲としては最小のもので、万一の際、これが一つ有ったからとて、大した力にはなるまいが、それでもないにはまさると思って工夫を加えています。近々出来上り次第、試射をやってみるつもりですから、田山さん、あなたもぜひ、それまで逗留《とうりゅう》して見て行って下さい……それから、あの船を動かす機関ですが、これは、やっぱり石川島造船所へ伝手《つて》があって払下げてもらった品に、自分相当の工夫を加えているのです。そうですね、大砲の方は近々……船の一切が整うは多分来年の四月頃になりましょう。その時はひとつ進水式をやりますから、また見に来て下さい」
「承知致しました、ぜひそれは見せていただきます。ただ見せていただくだけでは気が済みません……私も、その船の乗組の一人に加えていただけますまいか、どこへでもお伴《とも》を致しますよ」
「そうですか、あなたのような乗組員を得ることは、船のため仕合せですか
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