一座の指揮者のようになってしまい、すべてはその指揮に従って、喜んで踊っているようです。そう思って見ると、この婆さん、身なりもお召か何かをきて、年には似合わず色気たっぷりで、そのくせ、茶屋料理屋のおかみさんとも見えず、やっぱりこういった派手好きの素人《しろうと》の、裕福な家の後家さんとでもいったようなものでした。
果して、この総踊りを名残《なごり》に、その翌日になると、泊り客のほとんど総てが別れ別れになって、帰国の途につきました。
ひとり色気たっぷりな物持の後家さんらしいのは帰りません。その次の日になっても、帰ろうとする模様が見えません。
で、お雪と顔を合わせるごとに、愛嬌《あいきょう》たっぷりでお世辞を言いました。
これでは、四十島田をいやがる者まで、ついまきこまれるだろうと思われるほどの愛嬌を売るものですから、お雪も心安くなりました。実際、また今はお雪のほかには女客は、みんな帰ってしまったのですから、いやでも心安くなるのはあたりまえです。
どこのおかみさんで、どういう人で、いつまでこんなところに逗留《とうりゅう》しているつもりだろう――と、お雪がそれを不審がるのもあたりまえで、それを尋ねもしないうちに、宿の男衆が告げてくれたのは、この人たちにも、かねて疑問となっていたからです。
「ありゃ、飛騨の高山の名代《なだい》の穀屋《こくや》の後家さんですよ、男妾《おとこめかけ》を連れて来ているんですよ、男妾をね」
と言ったものですから、お雪がそうかと思いました。
ある時、廊下で顔を見合わせた若いのがそれでしょう。色が青ざめてやせていましたが、かなりのやさ[#「やさ」に傍点]男と思いました。
後家さんは、それを男妾だとはいいません、伴《とも》につれて来た男衆だといっていますけれど、到着早々、誰もそれを信ずるものがなくなってしまったので、若い男は少しばかりきまり[#「きまり」に傍点]を悪がっているが、婆さんはしゃあしゃあとしたもので、どうかすると、泊り客にも思いきったところを見せつけたりなどするものですから、この夏中、評判の中心となっていました。
「あんな婆さんに可愛がられては、男妾もやりきれまい」
岡焼半分に噂は絶えなかったが、後家さんは闊達《かったつ》なもので、愛嬌で泊り客をなめまわし、身銭《みぜに》をきっておごってみたり、踊りの時などは、先へ立って世話を焼
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