ばん》とも支那服ともつかないものを着て、大口のようなズボンを穿《は》いている――がやって来て、これも何か早口で指図をすると、子供らは心得て、蜘蛛《くも》の子のように四散し、高い桁梁《けたはり》から吊された幕を引卸《ひきおろ》しにかかります。
 衝立《ついたて》を一つ置いて小道具。
 裏へ廻って見ると大道具。
 ここではまた、例の亜欧堂風の大看板を、泥絵具で塗り立てている幾人かの看板師。
 この看板をつぎからつぎと見て行った長次郎は、横文字の綴りの誤りを二三指摘して一巡した後、また楽屋へ戻ると、もう稽古場へ太夫連《たゆうれん》が集まって、品調べにかかっている。太夫連は、やはりどれも日本人、少なくとも東洋人以外の面《かお》ぶれは見えないのに、別に補助として参加する従来の女軽業の重なる連中が、見物がてら押しかけているものですから、やはり日本人だけの大一座としか見えません。
 と、その一方に、ゆらりと姿を現わした一人の女、これこそ正銘|偽《いつわ》りのない欧羅巴《ヨーロッパ》夫人で、これだけは姿を隠そうとも、ごまかそうともしない。十七世紀頃の派手な洋装で、丈の高い、愛嬌のある碧《あお》い眼と紅
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