た。
 その時以来、そのつめたい人がこの胸を火のように燃やす。ひとたび愛人幸内を失ったお銀様には、たまらない肉のもだえがある。わが雇人であった幸内を、身も心も自由にしていたように、お銀様は、その人に、わが心も、わが身も自由にし、自由にさせていた。その持っていたつめたい残忍性が、お銀様を翻弄する時に、お銀様もまた、残忍そのものを翻弄する痛快心に駆られて、この女だけが人を斬ることを知って、少しもおそれなかったのです。最初の縁は躑躅ヶ崎の古屋敷。
「ああ、あの蝶の羽風《はかぜ》が……」
 悪夢の中に、どろどろにもだえたお銀様は、力かぎりその人にしがみ[#「しがみ」に傍点]つくと、夢が破れて、おどろいたのは自分の胸に重い物。いつか知らず傍らの宇津木兵馬をかたくだきしめていました。
 宇津木はそれを知らず、知ったお銀様は、どうしてもこの腕を離しともない心になりました。

         十

 信州|諏訪《すわ》の温泉、孫次郎の宿についた晩、お雪は久助と外のお湯へ行き、竜之助は、ひとり剃刀《かみそり》で面《おもて》を撫でておりますと、
「御免下さいまし、お土産《みやげ》をお召し下さいまし」
 
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