スルスルと入って来たのは女の声です。竜之助は返事をしないで、なお燈火《あかり》の下で面を撫でておりますと、入って来た土産物売りは黙認を得たとでも思ったのか、
「いろいろございます、これが諏訪の明神様の絵図、こちらがおなじ明神様の神木でこしらえましたお箸、それから、湖水で取れました小蝦《こえび》と鮒《ふな》……」
ここまで並べ来った時に、物売りの女が、あっとおどろいたのは、行燈《あんどん》のあかりが消えてしまったからです。
「おや、お明りが消えました、おつけ致しましょう」
お土産物の陳列をよそにして、行燈のそばに寄った土産売りの女は、その抽斗《ひきだし》から火打道具を手さぐりで探して、やっと火をきって[#「きって」に傍点]附木にうつし、行燈の燈心を掻《か》き立てた時に、再び驚いたのは、この部屋の主は、相変らず面を剃刀で撫でていたからです。つまり、燈火の消えたのを平気で、その暗い中で相変らず面を剃っていたのであります。
「どうぞ、何か一品お召し下さいませ」
改めて、土産物売りの女は自分の座へ戻りました。
「土産を買ってやるから、この首を剃ってくれないか」
「ええ、よろしうございます」
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