ところ、篝の周囲に集まるほどのものが、一人として素顔《すがお》を現わしたのはありません。
そうして、かれらの或る者は太鼓を叩き、或る者は笛を吹き、或る者は鉦を打って、残りの者がことごとく踊っている。一見すれば極めて古怪なる妖魅《ようみ》の集《つど》い――
彼等は、拍子に合わせて、さんざんに踊ると、赤頭《あかがしら》に猩々《しょうじょう》の面をかぶったのが、
「いかにおのおの方、大儀に覚え候《そうろう》ぞ、一休み致して、また踊ろうずるにて候ぞ」
謡《うたい》がかりの口調でいうと、
「畏《かしこ》まりて候なり」
一同が踊りをやめて休息に入る。無論、囃子の音も、その時はヒタとやみました。
囃子も、踊りも、ひときわ休息に入ったけれども、この連中のすべてが仮面《めん》を取ることをしませんから、誰がどうだと正体のほどはわかりません。
幾つかの篝《かがり》で、そこらは白昼のよう。前には小流れがあって、背後《うしろ》に山を負うて帆木綿《ほもめん》の幕屋。
この谷間の、この部分だけは白昼のように明るいけれども、周囲は黒闇々《こくあんあん》に近い山々。僅かに二日の月が都留《つる》の山の端《は
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