それじゃ、骸骨のまわりに燃えたつような大輪の牡丹《ぼたん》でも彫っていただきましょうか。なにぶんよろしく頼みます」
こういってお角が背中を向けたのは、そのころ名代の刺青師《ほりものし》、浅草の唐草文太《からくさぶんた》といういい男です。お角の刺青《ほりもの》が彫り進むと共に、回向院境内の小屋がけも進んで行くうちに、以前の広小路の女軽業の小屋の一部は、新しい一座の楽屋にあてられました。
そこには、従来の一座と別廓をつくって、大一座《おおいちざ》の新面《しんがお》が、雑然たる衣裳道具の中に、血眼《ちまなこ》になって初日の準備を急いでいる。
このいわゆる「切支丹」訂正「西洋」大奇術の一座の頭梁株《とうりょうかぶ》とも総支配人とも覚しいのは、頭のはげた五十|恰好《かっこう》の日本人で、白く肥った好々爺《こうこうや》ですが、ドコかに食えないところがあって、誰か見たことのあるような人相です。知っている者は知っているが、知らない者は知らない。この男は、たしか春日長次郎といって、先年、柳川一蝶斎の一行の参謀として西洋へ押渡ったはずの男であります。この男の指図で、準備と稽古に忙殺されている連中のな
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