むらい」に傍点]だ。ことによると八州のお役人様かも知れねえ」
 そこで、前後の駕籠屋が二の足を踏みました。駕籠屋自身には暗いことはないが、お客のために心配があると見えて、
「旦那様、向うから、人が来るようですが、その人も唯の人ならよろしうございますけれど、このごろ、八州のお役人様が、この辺へお入りになっているそうですから、もしお役人だとすると、空《から》ならば言いわけが立ちますが、中身があってはお客様のために面倒と存じますから、どうか、ちょっとの間お下りなすってくださいまし、そうして暫くお隠れなすっていてくださいまし。ナニ、通り過ぎてしまえば何のことはねえのですから……」
 駕籠屋は駕籠を卸《おろ》して、中なる人にかく申し入れました。
 本来、ここは変則の道であることは前にもいった通り、小名路《こなじ》の宿から本式に駒木野の関所を通って、小仏峠から小原、与瀬へとかかって上野原へ行くのが順なのを、五十町峠からこの道を取るのは、厳密にいえば関所破りにはなるが、習慣の許すところにおいては、変通の道があって、濫用《らんよう》されない限りは見ぬふりのお目こぼしがあると聞く。しかし、役向の者が、役
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