るとのこと。それやこれやを見せつけられているお絹の立場はたまらない。
 それを、それほどにお察しがなく、べらべらと大魔術の能書《のうがき》を並べたり、承ったりしている金助と福村の面《かお》が癪《しゃく》にさわり、
「何だい、乞胸《ごうむね》の親方なんか、そんなに持ち上げる奴があるものかい。金公、ちっと気を利かして口をきいておくれ、席が汚《けが》れるよ」
といってお絹は、いい気になって喋《しゃべ》っている金助の肩をこづいたものですから、ハズミを食って金助が、ひとたまりもなくひっくり返ってしまいました。
「これは、これは」
 金助はひとかたならず恐縮してしまい、ははあ、うっかり口を辷《すべ》らし過ぎたなと思って起き上ると、口を抑える真似《まね》をしました。
 それを尻目に、お絹はさっさと寝間へ入ってしまいます。

         八

 小仏から陣馬を通って、上野原へ急ぐ一挺《いっちょう》の駕籠《かご》。
 この道は、過ぐる夜、蛇滝《じゃたき》の参籠堂を出た机竜之助の駕籠が、そこで、小雨と、月の霽間《はれま》と、怪霧と、天狗と、それから最後に弁信法師の手引によって救われた甲州街道のうちの
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