し[#「ずっしずっし」に傍点]と下へおりて行きました。
まもなく、この家をいくらも離れないところで、辻駕籠《つじかご》を呼ぶ同じ人の姿を見かけます。
七
西洋大魔術が初日の蓋をあけた日の晩、本所相生町から芝の四国町へかけて、浪士が火をつけて歩いた晩――また親方のお角が大城屋にお大尽を訪ねた晩。
小石川の切支丹屋敷《きりしたんやしき》に近い御家人崩れの福村の家では、福兄《ふくにい》とお絹とが、さしむかっての痴話《ちわ》。
脇息《きょうそく》の上へ両臂《りようひじ》を置いて、腮《あご》をささえた福村は、
「なんにしても、あの女の腕は驚嘆に価する、無から有をひねり出す芸当は、魔術以上の魔術だ、天性、興行師に出来ている女だ」
と言って賞《ほ》めそやすのを、お絹がつんと横を向いて、
「恥と外聞を捨ててかかりゃ、何だってできないことはありませんよ」
福村がこの場で賞《ほ》めそやしたのは、無論女軽業の親方のお角のことであります。すべて女の前で女を賞めるのは禁物にきまっているうちに、このお絹という女の前で、お角を賞めそやすのは、油屋の前で火事を賞めるようなものであります
前へ
次へ
全288ページ中55ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング