、翌日の夕方まで現わるることなくておりました。その翌日になるとお角は、前の日のように、娘分のお梅をひきつれて、向両国の興行場へ出かけ、お銀様には一人で留守居をさせておきました。
 こうして昨日と同じように、甘んじて一人で留守をうけごうたお銀様は、お角母子が出て行ってしまうと、急に手紙を書きはじめ、それが終ると、そわそわとして身の廻りをこしらえにかかったのを見ると、着ていた今までの女衣裳を脱ぎ捨てて、戸棚から取り出した行李《こうり》の蓋《ふた》をあけて、着替えをして見ると、それは黒紋附の男物ずくめであります。その上に袴まで穿いて、なお戸棚の奥から取り出した細身の大小一腰、最後に寝るから起きるまでかぶり通しのお高祖頭巾《こそずきん》を、やはり男のかぶる山岡頭巾というものにかぶり直して、眼ばかりを現わしました。
 で、立ち姿を見ると、それと知ったものでなければ立派なさむらい[#「さむらい」に傍点]の微行姿《しのびすがた》です。今にはじまった着こなしとは誰にも思われない。お銀様はこの仮装には慣れているらしい。
 男の姿になりすましたお銀様は、あとを取片づけ、脇差をたばさんで刀を提げ、ずっしずっ
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