ンスが終って、駒井甚三郎とお松は辞して帰ったあとで、大詰《おおづめ》の奔馬《ほんば》の魔術という大道具の一場があって、その日の打出しとなりましたが、これを最後まで見ていた見物のうち、二人の壮士がありました。
 もう黄昏時《たそがれどき》です。この二人の壮士は、小屋を尻目にかけて悠々と闊歩して、例の相生町の老女の屋敷へ入り込みます。
 といっても、この二人の壮士は南条と五十嵐ではないが、二人ともに疎鬢《まばらびん》で直刀丸鞘を帯びているところ、たしかに薩摩人らしい。この黄昏時、老女の屋敷へ二人とも、大手を振って乗込んだが、玄関に立って大声で怒鳴ると、その声を聞きつけて走り出でた二人の壮士。
 それと暫く問答をかわしていたが、訪ねて来たのは上へあがらず、面《かお》を出した邸内の壮士二人が下り立って、都合四人づれで市中へ出ました。
 付け加えてこの日は、黄昏時になると、ようやく風が強く吹き出し、四人づれが両国橋を渡りきって矢の倉方面に出た時分には、バラバラと砂塵が面に舞いかかるほどの強さとなります。
「強い風じゃ、火をつけたらよく燃えるだろう」
「でも、江戸を焼き払うほどの火にはなるまい」

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