「それは地の利を計らなければ……先年、大楽《おおらく》源太郎と、地の利ではない、火の利を見て歩いたが、彼奴《きゃつ》、人の聞く前をも憚《はばか》らず、今夜はここから火を放《つ》けてやろうと、大声で噪《さわ》がれたのには弱った」
「あれは、そそっか[#「そそっか」に傍点]しい男だが、感心に詩吟が旨《うま》かった」
「どうだ、ひとつ放《つ》けてみようか」
「しかし、つまらん、江戸城の本丸まで届く火でなければ、放《つ》けても放け甲斐がごわせぬ、徒《いたず》らに町人泣かせの火は、放けても放け甲斐がないのみならず、有害無益の火じゃ」
「有害無益の火――世に無害有益の放火《つけび》というのもあるまいが」
「では、通りがかりの道草に、いたずらをしてみようか」
「地の利と、風の方向を考え、且つ、なるべくは貧民の住居に遠く、富豪の軒を並べたところをえらんで……」
「面白かろう」
さても物騒千万ないたずらごと。この四人の壮士が傍若無人《ぼうじゃくぶじん》に試みた火つけの相談は、冗談ではなくて本当でありました。それからまもなく、風が強くなるに乗じて、この連中の行手にあたって、日本橋の呉服町のある町家の軒か
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