そなえていたに違いない。
しかし、太夫元のお角は、興行が成功したほどに嬉しそうな面《かお》を見せないで、どうかすると癇癪《かんしゃく》を起して当り散らすこともあるようです。といって、そのくらいはどうも仕方がない。最初の期待では、まかりまちがえば骨になるくらいの度胸をきめていたのが、せっかく彫り上げた骸骨に牡丹の刺青《ほりもの》が役に立たず、諸肌《もろはだ》押しぬいでタンカを切る物凄い場面も見せないで済んだのが、何よりというものです。
お松、与八、ムク犬の一行が、回向院の墓地についた時分は、ちょうど、千秋楽の追出しの時刻で、今しも、場内にのまれていた幾千の観客が、潮《うしお》のように吐き出される時でした。
「オレ[#「オレ」に傍点]のだい、オレ[#「オレ」に傍点]のだい、オレ[#「オレ」に傍点]の下駄だようッ」
下足場の人ごみの中で、おそろしく下卑《げび》た太い声でわめき出したのが、キッカケで、そこから大混乱が起ったところです。
なんでも下駄を間違えたやつを、一人がなぐり飛ばしたのが原因《もと》で、芋を揉《も》むような下足場が、忽《たちま》ち修羅《しゅら》の巷《ちまた》となってし
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