た当座だけ逃げて、また戻って来る。
美濃の大垣の正木段之進は、こうして鼠をにらみ[#「にらみ」に傍点]すくめて動けなくしたということが東遊記に書いてある。このさむらい[#「さむらい」に傍点]は、鼠一匹を相手に、追いつ追われつ興がっているが、やはり、器《うつわ》を忌《い》むの心で手裏剣は切って放さない。思い直したと見えて、それを脇差にはさ[#「はさ」に傍点]んでしまい、体を斜めにして、傍《かた》えの木剣を引寄せて、今度来たならば一撃の下《もと》にと身構えしているとは知らず、三度目にこそこそと板の間の隅を走る鼠。
途中まで来て、踏みとどまってこちらを見ました。その瞬間、さむらい[#「さむらい」に傍点]が、初めてゾッとして、構えた木刀を思わず取落そうとしたのは、踏みとどまってこちらを見た鼠の面《かお》が、その時、ずんと伸びて、ほとんど人面と同じほどの大きさに見え、じっと眼を据えて、こちらを睨《にら》み返したからです。
「何を……」
再び、その木剣を取り直した時は、もう鼠の姿は見えず、ただなんとなく、寒気《さむけ》が全身を襲うて来るのみです。
そこで、さむらい[#「さむらい」に傍点]は
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