のさむらい[#「さむらい」に傍点]は何のために来たか。多分、ここの剣術の名を以前に聞いていて、ちかごろは無住で、お化けが出るというような噂に興が乗り、半ば好奇心が手つだって、道を枉《ま》げてたずねてみたものと思われる。
 しかし、夜が更《ふ》けて行くと、多摩川の流れの音が、冴《さ》えて聞えるだけで、別段、お化けも出なければ、幽霊も現われず、あたら英雄も髀肉《ひにく》の嘆《たん》に堪えない有様です。
 暫くするとコトリと、道場の隅に物音。屹《きっ》とそちらを振向くと、食い残した食膳に一匹の鼠がはいかかっている。なんだ、泰山鳴動《たいざんめいどう》もせずに鼠一匹。
 さむらい[#「さむらい」に傍点]は、手裏剣を抜いて、その鼠めを仕留めてやろうと、狙《ねら》いを定めたが、この手裏剣が惜しい。鼠一匹の代価に、この手裏剣を再び研《と》がせるのは愚だ。しかし、つれづれのおりから、よい相手だ。一番仕留めてやろうかな……鼠を打つに器《うつわ》を忌《い》むとはこれ。
「叱《し》ッ」
 叱りつけると、鼠は膳を飛び下りて道場の隅を走る。暫くあって、また、こそこそと舞い戻ってくる。
「叱ッ」
 追えば、追われ
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