については、かれこれと、やかましくいう奴もあるにはあったが、わしが行ってお役人を口説《くど》いて来ると、ああ、いいともいいとも、こっちを伐っていけなければあっちをお伐り、それでいけなければこっちをお伐り、いいとも、いいとも……で話が忽《たちま》ちに出来上ってしまったのさ」
半ぺん坊主が得意になっているところへ、例の神楽師の一行と七兵衛とが通りかかったので、坊主は酔眼をみはって、その一行をながめ、
「公儀お鷹匠《たかじょう》のような奴が通らあ、いや[#「いや」に傍点]にギスギスしてやがらあ」
といって半ぺん坊主は、半ぺんの残りを、さも旨《うま》そうに食べました。
二十五
高尾山ではこうして、山を崩したり、木を伐ったりして嬉しがっている一方、武州の御岳山の下では、水車番の与八がしきりに木を植えておりました。
与八は、「木を植えるのは徳を植えるなり」という理窟を知らない。ただ土地が明《あ》いていては勿体《もったい》ないから植えておこうという心がけで、木を植えて山を青くするそのことが楽しみなので。また何本植えて、何年たって、いくらに売れるということも知らない。植える
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