いい気持がするものではありません。
 自分を、あたり[#「あたり」に傍点]前の百姓で置くことをゆるさなかった第一のものは、女房をもらいそこねたということで、第二は、持って生れたこの早い足のせい[#「せい」に傍点]であると、七兵衛はよくそれを呑込んでいる。あるいは第一のものが、第二のものより先に、自分の方向をあやまらせたのではないかとさえ思う。
 女房を持ちそこねたという第一の不運は、残された子供をすててしまったという第二の不運となり、その不運と不幸をなぐさめるために、持ち前の早足で、諸方へあそびに出てみたのが、第三の横道を教えてしまいました。
 人はその不能に溺《おぼ》れずして能に溺れる、とは、よく寺小屋の先生から聞いた言葉であるが、七兵衛もまたつくづくその真理であることを感ずる。
 自分の早足で歩いてみると、世間並みの歩き方が馬鹿に見えて仕方がない。これがそもそも、七兵衛の邪道を行く最初の慢心でありました。この早足を利用して、人間ののろま[#「のろま」に傍点]をねらうことに味を占めた七兵衛は、一歩一歩とその興味にハマリ込んで、今はぬきさしのならない玄人《くろうと》になってしまいました
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