ろで、なんでもないはず。それをお吉は、自分で取越し苦労をして、なんだかすっかり、自分がだま[#「だま」に傍点]されてしまったようにも思われてならない。
「お風呂が沸きました」
いつもならば、二つ返事でよろこんで風呂場へ飛んでくるのに、今日は、
「あ、そうか、まあ後にしよう」
といった神尾の言葉までが、いやによそよそしく、冷淡を極めているように思われ、お吉は、いっそ、ここを逃げ出して、国へ帰ってしまおうかとさえ、その時は思いました。
ぜひなく、お吉は引返して、台所の方へ廻り、夕飯の仕度を働いているうちに、表の方に人声がありましたので、ハッとしましたが、その時、進んで返事をしたのは、珍しく主人の神尾の声でありましたから、お吉が、またも気を揉《も》みました。いつも人が来ても、隠れるようにして応対などをしたことのない人が、今日に限ってあの返事――さてはと思うと、お吉は立つ気にもなりません。ワザと腰を重く構えていると、やや暫くあって、廊下のところで、
「風呂がわいているそうだから、そなた入ったらよかろう」
と神尾の声。
「それは有難うございます。では、御免を蒙《こうむ》りまして……」
という
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