一時は口も利《き》けないほどになって、手に持った鏡台をあぶなく取落そうとしたのを、我慢して、差図された部屋まで持ち込み、やっと、
「どなたかおいでになるのでございますか?」
とたずねてみると、神尾はなにげなく、
「少しの間、置いてもらいたいというお客様があってね」
「左様でございますか」
とは返事をしたけれども、少しの間おいてもらいたい客人が、何しに箪笥、長持、鏡台、針箱の類《たぐい》まで持ち込むのだろう。
 お吉は、なんともいえない疑惑にみたされながら、それ以上は、尋ねてみる勇気もなく、そのまま、裏へまわって風呂を焚きにかかりました。
 しかし、そのお客様というのは、こうして荷物だけ先にまわしておいたが、本人というものは、容易には姿を見せません。どんな人が来るのだろうと、お吉は仕事をしながらも、それを心待ちに待ちかまえていましたが、風呂が沸く時分になっても、一向この家へ、訪《おとの》うて来る人はありません。それでは、殿様の御冗談だろうと――お吉は自分で気休めのように考えてみましたけれど、それにしては現在、送り込まれた荷物が物をいって仕方がない。どんな人がいつ来るであろう。来たとこ
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