。この男には、人のよわみにつけ込むという心はないのみならず、苟《いやしく》も弱者の虐《しいた》げらるるものに対しては、じっとしていられない男であるはずです。しかるに、今このしお[#「しお」に傍点]らしい美男の若殿原に向って、さいぜん[#「さいぜん」に傍点]からあらんかぎりの暴言を吐くのみならず、人間の力ではできない相談の無理を吹きかけています。モシ、他目《よそめ》で見たならば、たしかにこれは馬喰《うまくら》いの丑五郎《うしごろう》以上の悪態であります。卒塔婆小町の婆さんも、ここに至るとホトホト米友を憎らしく思いだしてきたのも無理ではありません。
「友さん、お前、無理をいうものではありません、お前にも似合わないじゃありませんか……」
けれども米友は頑《がん》として頭《こうべ》を振って、
「駒井能登守、死んだものを、活かしてかえせ」
この最大の無理を再びくりかえして、地団駄《じだんだ》を踏みました。
おどろくばかり柔順なのは駒井甚三郎で、これらの暴言に対して、最初から怒るの風がないのみならず、甘んじてその辱《はずかし》めをうけて慎しむの体《てい》です。
この人とても、武士の表芸とし
前へ
次へ
全288ページ中212ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング