学の身びいき[#「びいき」に傍点]のみではありますまい。当時、駒井能登守を一流の新知識と知るほどのもので、この人物経済上の愚劣さかげんを笑わないものはなかったはずです。
しかし、これは笑うものがむしろ浅見で、当時の幕府の要路というものが、おのずから、そういうふうに出来ていたので、人物に異彩があればあるほど、また人物が大きければ大きいほど、グレシャムの法則がおこなわれていたのです。
試みに徳川の初世の歴史を見てごらんなさい。徳川家康が不世出の英雄とはいいながら、豊臣以来の御《ぎょ》し難き人物を縦横自在に処理し、内外の英物を適材適処に押据《おしす》え、雲の如き群雄をことごとく一手に収攬《しゅうらん》した政治的大手腕というものは、驚くに足《た》るべきもので――もとよりこの人は、日本のみではない、世界史上の第一流の政治家ではあるが――さりとはその末勢《まっせい》の哀れさ。今日の内外多事に当って、どこに人物がいる。辛《かろ》うじて勝安房守《かつあわのかみ》ひとりの名前が幕末史のページに光っているだけではないか。
その勝安房守をも、彼等のある者は極力光らせまいとして努力した。
勝は島田虎之
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