どまって、留守居を兼ねて、夜な夜な内職をしているところへ、今いう通り、外からわが名を呼ぶものがありました。
ここで、一学の内職というのは、世の常の浪人のする唐傘張《からかさは》りや、竹刀《しない》けずり[#「けずり」に傍点]とはちがって、オランダの辞書と、イギリスの辞書とをてらしあわせて、しきりに筆写を試みているので、この内職には相当の学力と労力とを要するが、うつし終ればその報酬は、他の内職よりはずっと割がいいのみならず、一冊うつせば自分もまた一冊だけの学力がつく。一学が、あえて仕官をあせらずに、こうして落着いているのは、この内職という強みがあればこそで、この内職に堪えられる学力は、旧主の駒井能登守から恵まれたもの多きにおることを知ればこそ、少なくとも自分だけは、最後までこの屋敷の運命を見届けようとの覚悟も起るわけです。
一学は外から呼ばれた声に大きな驚異を持ちながら、筆を、うつしかけたイギリス語の雁皮《がんぴ》の帳面の間へはさんで、あわただしく立って窓の障子を押開き、
「どなたでござる」
「駒井だ」
「ええ、殿様でございましたか?」
一学は倉皇《そうこう》として、
「ただいま、
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