て柳橋の遊船宿に立寄り、駒井甚三郎を訪ねてみましたが、不在とのことであります。
不在といっても、房州の洲崎《すのさき》へ帰ったのではない、昨日の夕方、ただひとりでどこかへ出かけていったままだとの返事でしたから、お角も少し失望しました。
しかし、お角は必ずしも駒井だけを当てにして来たのではないと見えて、そのまま素直に踵《きびす》を廻《めぐ》らしてしまいます。
船宿の亭主が答えたように、駒井甚三郎が、昨夕《ゆうべ》宿を出てまだ帰らないことは事実であります。どこへ行ったか、それは別段、問題にするほどのことではない。その夕方、駒井はどう気が向いたものか、絶えて久しく訪れなかった番町の自分のもとの屋敷の方へ、おのずと足が向いたのであります。
人通りの少ない時、明りのしているお長屋の前に立って、駒井は暫く様子をうかがっていましたが、
「一学、一学」
と駒井は低い声で呼びました。
お長屋のうち、ここだけが明りがしていたから、その明りをたよりに呼びかけたところが、
「ナニ、誰じゃ、どなたでござる」
中では、やや狼狽《ろうばい》したものの返答ぶりです。
「一学、おるか」
「へえ……」
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