その声を聞きつけて挨拶に出たのが当のお梅でしたから、両人顔を見合わせて、これはこれはとあきれました。
「梅ちゃん、お前ここにいたの?」
「ええ、いましたとも、心中なんかしやしないわ」
「でも、たしかに梅ちゃんだって、みんなが言うから、わたし、ちゃあん[#「ちゃあん」に傍点]と見届けて来たのよ」
「そんなはずはないわ、わたしはここにいたんですもの」
 落語の二人久兵衛のような話で、二人ともに煙《けむ》に巻かれてしまいました。
 あんまりおかしいから、お梅がよく尋ねてみて腹を立てました。
 それはこういうわけです。
 心中があると騒ぎだしたのは、この朝、両国橋に男物と女物との下駄が半分ずつぬぎ捨ててあったのを、通りがかりのものが見つけ出して、それ心中だと大騒ぎになり、例によって黒山のように人だかりがはじまった中へ、女軽業のおちゃっぴイ[#「おちゃっぴイ」に傍点]連《れん》もかけつけて見ると、女物の下駄に見覚えがある。
「あら、このポックリ[#「ポックリ」に傍点]は梅ちゃんのだわ、ちがいないわ」
 そこで、心中の片割れは、親方のお気に入りの娘分、お梅にまぎれもないということになってしまい
前へ 次へ
全288ページ中177ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング