かには、不思議と紅毛人は見えないで、どれを見ても見慣れた黒髪銅色の人種、多くはこれ生え抜きの日本人でありますが、そのなかに注意して見ると、少し毛色の変ったのが二三枚、働いている。
 無口で働いている――春日長次郎はその二三枚を呼ぶたびに、何か早口で、わからないことをいってしまうと、彼等は直ちに頷《うなず》いて、手早く持場持場の仕事につきます。
 さりとて、これは断じて欧羅巴《ヨーロッパ》種ではない。その皮膚は蒙古種族よりはズット黒いけれども、当時の日本人が夢想しているような裏も表もわからない黒ん坊とは違って、よく見なければ、西洋人でさえもモンゴリアンと見るほどに色彩が不鮮明ですけれども、たしかに蒙古種に属する印度人か、そうでなければ印度とそれに近い他人種との混血児《あいのこ》に相違ない。ただ彼等は、しきりにその混血児であることを隠して、日本人らしく思われようとする素振《そぶり》がある。
 そのほかには、どうしても眼の色を隠すことのできない子供が五六名、赤い土耳古帽《トルコぼう》をかぶって、隅っこにかたまって、ハーモニカを吹いているところへ、例の春日長次郎――広袖の縫取りのある襦袢《じゅばん》とも支那服ともつかないものを着て、大口のようなズボンを穿《は》いている――がやって来て、これも何か早口で指図をすると、子供らは心得て、蜘蛛《くも》の子のように四散し、高い桁梁《けたはり》から吊された幕を引卸《ひきおろ》しにかかります。
 衝立《ついたて》を一つ置いて小道具。
 裏へ廻って見ると大道具。
 ここではまた、例の亜欧堂風の大看板を、泥絵具で塗り立てている幾人かの看板師。
 この看板をつぎからつぎと見て行った長次郎は、横文字の綴りの誤りを二三指摘して一巡した後、また楽屋へ戻ると、もう稽古場へ太夫連《たゆうれん》が集まって、品調べにかかっている。太夫連は、やはりどれも日本人、少なくとも東洋人以外の面《かお》ぶれは見えないのに、別に補助として参加する従来の女軽業の重なる連中が、見物がてら押しかけているものですから、やはり日本人だけの大一座としか見えません。
 と、その一方に、ゆらりと姿を現わした一人の女、これこそ正銘|偽《いつわ》りのない欧羅巴《ヨーロッパ》夫人で、これだけは姿を隠そうとも、ごまかそうともしない。十七世紀頃の派手な洋装で、丈の高い、愛嬌のある碧《あお》い眼と紅《べに》をぼかした頬。
 片手にギターを持って、まず長次郎と見合い、にっこりと会釈《えしゃく》をする。長次郎はその傍へ行って、これも早口で話をしていると、一方から日本娘の美しいのが一人、三味線を持って出て来る。以前、張幕の下でハーモニカを吹いていた少年連がゾロゾロとやって来ると、西洋婦人は手にしていたギターを取り上げて、調子を合せにかかろうとする。長次郎は、そこを去って、また裏口の方へ向い、
「太夫元は来ないかな」

         二

 この興行が、いよいよ初日《しょにち》の蓋《ふた》をあけた日、人気は予想の如く、早朝から木戸口へ突っかける人は潮《うしお》の如く、まもなく大入り満員となって、なお押寄せて来る客を謝絶《ことわ》るために、座方が総出で声を嗄《か》らしてあや[#「あや」に傍点]まっている光景は、物すごいばかりです。これは勧進元のお角として、当然すぎるほどの結果で、寧《むし》ろこうなければならないはずにはなっているが、やはりこの夥《おびただ》しい人気を見ると、商売気とは違った昂奮を感じながら、場の内外のすべてに気を配っている。
 春日長次郎が、あらかじめ一座の成り立ちの口上を述べて、やがて予定の番組にとりかかる。この口上言いの風俗からして、観《み》る人の眼を新しくしたと見えて、その一言一句までが静粛に聞かれていることも、例《ためし》のないほどで、口上があってから、やがて、改めて観客は舞台の装飾から小屋の天井のあたりを、物珍しく見直したものです。
 この小屋がけは従来の方式とは違って、今日普通に見るサーカスの小屋がけ、日本でいえば相撲の場所とほぼ同じように、円心に舞台を置いて桟敷《さじき》が輪開して後方《うしろ》に高くなる。二千人を収容して余りあろうと思われるほどの広さに、高く天幕《テント》の間から青空の一部が洩れているのを仰いでながめると、人をして従来の劇場とは違った自由と快活の気風を起させる。
 さて、また演技の番組に就いては、厳密にいえば、その前芸は、奇術とか、魔法とかいうよりも、一種の西洋式の軽業といった方が当っている。その間へ、ちょいちょい手品が入るという組合せであります。――けれども、その演芸のことは一々ここへ書き立てない方がよかろうと思う。その時分の人を天上界の夢の国へ持って行くほどに、恍然魅了《こうぜんみりょう》した異国情調を細かく描写し
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