いよいよ望みがかなって、近いうちにこの上まで車が、カラカラッと勢いよく舞い上るから見ていてごらんなさい、景気よく、カラカラッと上るところをごろうじろ……」
といって、ブクブク肥った身体《からだ》を一つゆすり[#「ゆすり」に傍点]、
「カラカラカラッと景気よく……」
半ぺん坊主は山をくずして、近いうちに車がしかかるのが嬉しくてたまらないらしい。
「この間はまた、伐り倒した大木を、機械鋸《きかいのこ》にかけてキリキリキリッと音を立てさせていたが、あの音がまた甚だ結構……ああいうのを聞いて飲むと、酒がひとしお旨《うま》く飲める……」
といって、うまそうに一杯飲む。
この坊主の理窟によると、昔の名僧智識が、わざわざ寺を山の上へ持っていったのは昔のことで、今の宗教は、なるべく民衆と接近しなければいけない、それをするには、どんな霊域でもカラカラカラと車を仕掛けるに限る、という持論から、今度などもずいぶん運動に骨を折りました。
そこへ二三人の人夫が、立札を荷《にな》ってくる。
「御苦労、御苦労」
半ぺん坊主が、こちらからねぎらう[#「ねぎらう」に傍点]と、人夫はちょっと笑っただけで、土を掘って立札を立てにかかる。
その立札には、「杉苗何百本、何千本、何の誰」と一枚一枚に書いてある。
「は、は、は、は」
半ぺん坊主は、思い出したように高らかに笑い出し、
「高尾では、あの杉苗をいったいドコへ植えるんだと、この間、まじめに聞かれたんで、わしも弱ったよ」
杉苗寄進の立札が、半ぺん坊主には、なんだか急におかしくなったものと思われる。
この山では、何町の間、隙間もなく、杉苗寄進の札を立ててはあるが、ドコへその杉苗を植えるのだか一向わかっていない。
「お愛嬌《あいきょう》ですよ。あれをお前さん、正直に受取った日には、一年に関東八州が三ツあったって足りやしませんよ……植える方はどうでもいいが、切る方はせいぜい切らしていただいて……」
半ぺん坊主は、額を丁と叩きました。
「切る方はせいぜい切らしていただいて、カラカラカラッと景気よく……ナニ、一木一草をも愛護して下さいだって、木を傷つける人があったら止めて下さいだって……笑いごとじゃありませんよ、木を伐らないで車が仕掛りますか」
半ぺん坊主はこの時、腰衣《こしごろも》の上へ酒をこぼしたので、あわててそれを拭い、
「もっとも、これについては、かれこれと、やかましくいう奴もあるにはあったが、わしが行ってお役人を口説《くど》いて来ると、ああ、いいともいいとも、こっちを伐っていけなければあっちをお伐り、それでいけなければこっちをお伐り、いいとも、いいとも……で話が忽《たちま》ちに出来上ってしまったのさ」
半ぺん坊主が得意になっているところへ、例の神楽師の一行と七兵衛とが通りかかったので、坊主は酔眼をみはって、その一行をながめ、
「公儀お鷹匠《たかじょう》のような奴が通らあ、いや[#「いや」に傍点]にギスギスしてやがらあ」
といって半ぺん坊主は、半ぺんの残りを、さも旨《うま》そうに食べました。
二十五
高尾山ではこうして、山を崩したり、木を伐ったりして嬉しがっている一方、武州の御岳山の下では、水車番の与八がしきりに木を植えておりました。
与八は、「木を植えるのは徳を植えるなり」という理窟を知らない。ただ土地が明《あ》いていては勿体《もったい》ないから植えておこうという心がけで、木を植えて山を青くするそのことが楽しみなので。また何本植えて、何年たって、いくらに売れるということも知らない。植える傍から植えたことを忘れてしまって、育てることだけは忘れない。
木を育てることの好きな与八は、また人の子供を育てることが大好きです。郁太郎《いくたろう》を育ててみると、その苦しみのうちに、いうにいわれぬ楽しみがあって、子供というものはほんとうに可愛いものだと身に沁《し》みています。与八が、ほんとうに子供を可愛がるものですから、子供たちもまた、与八に懐《なつ》くことは大変なもので、いつも、与八の仕事をする周囲には、五人十人の子供が集まっていないということはありません。
郁太郎も、今では乳《ち》ばなれもしたし、人に預けなくても、遊びに来る子供が守《もり》をしてくれるから、自分の仕事もよく手が廻ります。仕事の合間、与八は海蔵寺の東妙和尚について、和讃《わさん》だの、経文《きょうもん》の初歩だのというものを教わります。それと共に、東妙和尚の手ずさみ[#「ずさみ」に傍点]をみよう見真似《みまね》で彫刻をはじめました。そこで、与八は学問の初歩と、美術の初歩というものにようやく興味を覚えてきました。
この興味は、与八をして教育の世界に、一つの驚異を見出させたようです。自ら教ゆる間のみが人を教ゆる
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