なく照らし見ようとした刹那、猟犬の縄をゆるめたものですから、犬はまっしぐら[#「まっしぐら」に傍点]に一方へ向いて飛んで行きました。二人がおどろいてその方向を見ると、栗の大樹があって、その根もとに人らしいものがうずくまっている。
勘八は鉄砲を取り直しましたが、兵馬はしか[#「しか」に傍点]と見定め、
「人がつながれている」
これも危険なしと見て近寄ると、繋《つな》がれている人の姿は男でありますけれど、正しくは女でした。
ほどなく宇津木兵馬が先に立ち、猟師の勘八がお銀様を背負って、もと来た炭焼小屋まで立戻って参りました。
そこで、兵馬はお銀様に向い、お銀様の捕われた一団というのが、一定の住所というものを持たずに、全国の山から山を旅して渡り歩く山窩《さんか》というものであろうことを教え、なお山窩というもののいわれを一通り説いた上で、とにかくもその手から逃れたことを、お銀様のために祝いました。けれども、なお充分に合点《がてん》のゆかぬことは、その一団が立派な衣裳道具を持ち、上品な言葉づかいをしていたということで、一般の山窩《さんか》は、もっと野蛮で、もっと兇悪な分子を持っているはず、その一点だけがどうも解《げ》せないというと、猟師の勘八も傍から口を出し、山窩の奴等に、舞いを舞ったり、笛を吹いたりするような風流気はあるものでなく、せいぜい彼等は箕直《みなお》し、風車売りぐらいのところで、その性質疑い深く、残忍性に富んでいることを物語り、右の一団は、どうも山窩ではあるまいといいました。
それは疑問のうちに残されながらも、ともかく、そこを脱出したお銀様の行先について、
「あなたは上野原の月見寺へおいでなさるそうですが、誰をたずねてあの寺へおいでなのですか。わたしもあの寺にいたのです」
「あのお寺に、琵琶を弾く盲目《めくら》の法師がいると聞きましたから、それをたずねてまいる途中でございます」
「ははあ、弁信殿を尋ねておいでなのですか。あの人ならば、まだ寺にいるでしょう。珍しく勘のいい人ですね」
お銀様は、この少年の親切にして、義気のあるのに感心しました。見たところ、さむらい[#「さむらい」に傍点]の風をしているのに、どうしてこんな山の中に、猟師と一緒に生活をしているのだろう。月見寺のことも、弁信のことも、よく知っているのが不思議だ。まだ尋ねてみたいことも多いが、万事は
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