で行きました。
勘八の頭では、これは、てっきり物《もの》の怪《け》の仕業《しわざ》だと思っている。最初から、さわらぬ神に祟《たた》りなしの方針を取って、聞き流していたかったのを、強《し》いて兵馬にすすめられたものですから出て来ました。出て来て見ると、音のするところに明りがある。そこでその明りをめがけて一発打ち込んでみたのは、単にさぐり[#「さぐり」に傍点]を入れたつもりで、その根元をきわめようとまで思っていなかったものです。
こうなってみると、例のものすごい二日月が山の端《は》にかかっているだけで、真暗《まっくら》のところを、裾をめぐって行くものですから、めざす方向がドチラだかわからなくなりました。
「げえ[#「げえ」に傍点]もねえからよそうじゃございませんか、ばか[#「ばか」に傍点]されてもつまら[#「つまら」に傍点]ねえ」
勘八は、なお気が進まないのに、好奇《ものずき》に駆《か》られているのは兵馬ばかりではありません、兵馬の手にひかえられている猟犬がしきりに逸《はや》って、先に立つものですから、気が進まないながら勘八も、後ろへひくわけにもゆきません。
犬が案内してくれました。やがてめあての谷へ近づいた場合にも、犬がいよいよ勇みますから、危険がないと知り、そこで勘八は、火縄の火を附木にうつして用意の松明《たいまつ》をともし、一行は小流れ伝いの谷間へ入り込んで来ました。
兵馬の心では、人の噂《うわさ》に聞くことに多くの不思議がある、今は目《ま》のあたりその不思議にぶつかったのだから、この機会を逸してはならない、あくまで根元を究めてみようと勘八を引きずり、犬に引張られて、ほどなく例の谷間までやって来ました。
松明の光に、まず照らされたその谷間の光景はすこぶる狼藉《ろうぜき》たるもので、篝《かがり》の燃えさしだの、木や竹の片《きれ》だの、地面に石や穴が散在していることだの、つい今までなにものかが集まっていた形跡は蔽《おお》うことができません。もし、ここに相当の陣地を構えていたものならば、逸早《いちはや》く退却してしまったものに相違なく、その退却ぶりを見ると、その形跡こそ狼藉たるものだが、武器や生活の要具は一つも落ちのこされていないことによって、かなり鮮《あざや》かな退却ぶりだといわなければなりません。
兵馬は勘八の手から松明を借受けて、狼藉たる陣地の跡を隈
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