ポンおいいなさるな、親方のためと思えばこそ、こうしてやって来たんだから」
「大きに御苦労さま……何か、わたしを暗討ちにでもしようという噂があるんですか」
「そういうわけじゃねえがね、つまり、人気をしめた時は、財布をあけろというたとえがあるでございましょう、そこですよ、世間の口がうるさくっていけねえ、ばかばかしいようなもんだけれど、そこがそれお愛嬌で、如才なく立廻らないと損ですからねえ。早い話がわっしたち四五人が、これから盛り場を廻って、女軽業の親方はこれこれだと触れ廻ってごらんなさい。白いものでも忽《たちま》ち黒くなり、黒いものでも忽ち白いものになりますからね」
 お角もこの道の苦労人ではあり、馬鹿ではありませんから、この連中を相手に争っては損だということぐらいは知っています。事実、この連中が気を揃えると、場合によっては、せっかくの名興行師を塗りつぶすこともできるし、また一夜作りの千両役者を仕立てて、世間をオドカすこともできるのだから、お角の気象としてはこの場合、鎧袖一触的《がいしゅういっしょくてき》にやってみたいのだが、鎧袖一触も用いようによっては大笑いの種ですから、あまり力《りき》まないのがよいと思いました。そこで、
「御尤《ごもっと》もでございます、なにぶん行届かない我儘者《わがままもの》でございますから、この後ともによろしく。どうかまあ、こちらへお上りくださいましな」
といって、丁寧に上へ招じたのは、お角としては気味の悪いほどの如才なさです。
 いつの世、いかなる社会にも、寄生虫というものは絶えたことはないが、真正の批評家は極めて稀れである。
 寄生虫は、瓦礫《がれき》を鍍金《めっき》して、群衆に示し、共謀して、それをなるべく高価に売りつけようとする。そうして、蔭で舌を吐いていう、
「こんな代物《しろもの》でも、おれたちの手にかかれば、これだけの高値《たかね》に売れる」
 寄生虫のいいたいことは、これだけである。為し得ることもまたそれだけである。
 けれども、独特の生活力を有していない生物は、どうかするとこの寄生虫に食われてしまうことがある。
 招かざるに来《きた》るバラサイト。
 わが親愛なるお角さんを、こういうもののために苦心させたくない。
 自分を、タカ[#「タカ」に傍点]の知れた女軽業の親方以上には評価していないお角さんは、自分の仕事の性質を、ジョン
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