に、何の必要あってこうしてムザムザ木を伐ったり、山を崩したりするのだろう。車を仕掛けるのだといっているが、わからないことだ。もとよりこの連中は、いいつけられた通りにしているので、この連中に向って文句をいっても仕方がないが、上に立つものが、もう少し目が見えそうなものだと思いました。
 話の模様では、ここの木を伐ってみていけなければ、またほかのところを、おゆるしが出ることになっているらしい。立派な山を疵物《きずもの》にして、車を仕掛けなければならない理由が七兵衛には少しもわかりませんから、コイツ山師共が、何かの口実で、木を伐って金儲《かねもう》けをするのだなと思い込んでしまいました。祖先以来荘厳にして置いた名山を、食い物にしようとする人間の浅ましさはさて置き、管理するお宮とお寺とが、これではなさけないと思います。
 七兵衛は天成に近い盗賊だが、それでも、これだけの冥利《みょうり》は知っているのです。
 七兵衛はまた、時として、優れたる家相学者であることもあります。
 その仕事の都合上、どうしてもまず家の形勢を見てかかることから、自然に会得《えとく》した家相の知識にも、相当に聞くべきものがあるのであります。
 その説によると、主人がしっかり[#「しっかり」に傍点]していて、家中が気を揃《そろ》えているところには、家相におのずから弾力があって、忍び込めないことになっている。よし忍び込むことができても、その獲物《えもの》が僅少であって、犠牲が多いことになっている。これに反して、主人が惰弱《だじゃく》で、家風が衰えている家は、いかに構えがおごそかでも、家相というものが、隙だらけで、そこへ忍び込んで仕事をするのは、極めて容易《たやす》いことになっている。
 七兵衛にいわせると、これは、個々の家相のみではない。彼が国々を出没してあるくうちに、おのずから、その領主の気象や士気が、風土の上に現われるのを見て取ることができる。
 領主が賢明にして士風が振うところは、城内の樹木の色まで違う。国が盛んに、人気の和《やわ》らいでいるところでは、必ずその封内の神社仏閣を大切にし、樹木が鬱蒼《うっそう》としている。貧弱な国ほど領内に樹木が乏しい。よい樹木があってもそれを伐りたがる。
 神主や坊さんたちも、人物が優れているほど、境内《けいだい》の風致の荘厳《そうごん》を重んずるが、それが堕落すればす
前へ 次へ
全144ページ中120ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング