ばかり湯気を立てています。
「どうも御馳走さま」
「どう致しまして」
「まあ、話しておいでなさいましよ」
「ありがとうございます」
娘は、ちょっ[#「ちょっ」に傍点]と立ちまど[#「まど」に傍点]うていましたが、
「また参りましょう」
「そうですか、では、また話しにおいでなさいな」
「ええ」
七兵衛は、小笊の中へ付木《つけぎ》を入れてかえすと、娘は、それを持って帰って行きました。
再び膝を組み直した七兵衛は、ぼんやりと娘の帰っていったあとを見送って、
「うむ、いい娘になったなあ、少し見ないでいるうちに……」
ハチ切れそうな娘ざかりの肉づきが、この時ひどく七兵衛の目に残りました。
今まで、女というものの存在をわすれてでもいたかのように、七兵衛は、今の娘を帰してしまったことを、なんとなく残りおしくてたまらない心持になって、無理にひきとめて、京大阪の話でも聞かせるのだったのに……
そういえば、娘もなにか物欲しそうに来ていた様子……上手《じょうず》に言えば、いくらでも話し込んでいたにちがいない。
いったい、おれは女には気を置き過ぎる……と七兵衛が自分を歯痒《はがゆ》く思ったのはその時で、腕を振えば、いくらでも振える機会を、ついその場になると、かわいそうになったり、冷淡になったりしてしまう。
盗賊を商売にするものには、物を盗むのを二の次にして、女を自由にするのを得意にする奴がある。七兵衛は、そうなれない。物を盗《と》るのは償《つぐな》いがつくが、女を辱《はずかし》めるのは罪だ……というような気に制せられるのを、自分ながら不思議に思う。
娘はかわいそうだ、主あるものは罪だ……その時、七兵衛の頭に、むらむらと湧いて来た面影《おもかげ》は、神尾主膳のところにいたお絹という妖婦《ようふ》のことであります。
あの女ならば、いくら弄《もてあそ》んでも罪にはならない……おれはいったい、あの女とずっと以前から近づきになっていたのに、いらぬ遠慮をしていたものだ。あとから出た百蔵あたりが、かなり甘ったるい言葉づかいをするのに、それをあざ[#「あざ」に傍点]笑って高くとまっていたおれは、淡泊なのか、それとも意気地がないのか。
七兵衛としては妙な心に動かされました。
雨のやむのを待って七兵衛は旅仕度をととのえて、わが家を立ち出でました。まず江戸をめざして行くのかと思うと、そ
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