分の面を、まともにながめて、つくづくとそう思いました。
横に連なった二つの眼は、人間並みに物をかたよらずに見る眼、別に出来上った竪《たて》の眼は何を意味する。
「何を、そんなに見つめていらっしゃるの」
お絹がいうと、
「これを、これを」
神尾は、さも痛快な心持で、眉間の傷を指さしました。最初はその傷を見るのが呪いであり、その次には皮肉であり、今は痛快な心持で指を突込まんばかりに、さして見せますと、
「悪くはありませんけれど、御自慢にはなりませんわ」
とお絹がたしなめ[#「たしなめ」に傍点]るようにいいました。けれども、神尾主膳は、それにしょげ[#「しょげ」に傍点]ないで、カラカラと笑いました。
その有様は、急に嬉しくてたまらない心持になったようです。たとえば、世間には両眼の見えないものもある。片眼しか用をなさないものがある。最も念入りにこしらえた人間とても、二つ以上の眼は与えられていないのに、自分に限って三つの眼を与えられたことを、喜び躍るかのように見えます。今の先まで、呪い、憎んでいた額の大傷が、何かその喜びに堪えない暗示を与えたもののように、面《かお》の色まで生々としてきました。
「何がそんなにお嬉しいんです、やんちゃ[#「やんちゃ」に傍点]な若様」
お絹は、その昔、自分が可愛がってお守をしたことのある、この若様を可愛がるような心持になります。
この殿様は、駒井能登守のように水の垂れるような美男とはいえないが、決して醜男《ぶおとこ》の部類ではない。とりようによっては苦味走《にがみばし》って可愛ゆいところがあると、お絹もそう憎い人とは思っていなかったし、神尾もやくざ[#「やくざ」に傍点]だけに砕けたところがあって、どうかすると、やんちゃ[#「やんちゃ」に傍点]なお坊ちゃんぶりを発揮するのを、お絹は可愛がってやるつもりでいました。
山住居《やまずまい》して、一時行いすましていた神尾主膳は、ここで、境遇の変ると共に、また心持までも逆転したのは浅ましいことです。
お絹がここへ押しかけて来るまでには、さまざまの表裏もあれば魂胆もあって、糸をひく奴もあるし、引かせる奴もあって、お膳立ては以前から、ちゃんと出来ていたものです。それをその間際まで知らなかった福村が、気の毒といえば気の毒。未練の充分にある、自分には過ぎ者の女に置いてけぼりを食って、事実、お絹のいう
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