に見る卒塔婆小町《そとばこまち》を思い出したよ」
「ホホホ、よく皆さんが、そんなことをおっしゃって下さいますが、西行《さいぎょう》に姿ばかりは似たれども、と申すようなものでございます」
「いいえ、お前の前生は小町かも知れない、さぞ男を悩ましたことであろうな」
といって駒井は、自分ながら口が辷《すべ》り過ぎたと思いました。
「御冗談をおっしゃいます……」
この時に、水を汲んだ宇治山田の米友が帰って来ましたので、卒塔婆小町は、
「友さん、御苦労さま」
「おいらは、水を汲むのは何ともねえが、提《さ》げて来るのが骨だよ」
といってその手桶を土間へかつぎ込んだのと、駒井甚三郎が紙包の上へ、駒井家回向料の文字を認《したた》め終ったのと同時でした。
「あ!」
米友が舌を捲いて、手桶を抛《ほう》り出して、駒井の面《おもて》をキッと見つめたのもその時です。
「やあ、手前《てめえ》は駒井能登守だな」
そのクルクルと廻った円い眼には、おどろきのほかに憤《いきどお》りが燃えています。
駒井甚三郎は筆を下に置いて、
「おお、お前は友造ではないか」
はじめて、米友の面《おもて》をまともに見ました。
「うーむ」
米友は、駒井の面《かお》を見ていると、むらむらとして、衷心《ちゅうしん》の憤りと、憎しみとが、湧き起るのを禁《と》めることができないと見えて、その拳《こぶし》がワナワナと動いて、頓《とみ》には口も利《き》けないでいるのを、駒井はそれと知る由もないから、尋常に、
「お前はこの寺にいたのか。ナゼ甲府を出る時に、だまって出ました」
「だまって出ちゃ悪かったかい」
駒井が尋常に出るのを、米友は、喧嘩腰ですから、この時、駒井が怪しみをなしました。しかし、駒井自身においては、よくこの男の性格を知っているつもりだから、至極おだやかに、
「帰るなら帰るように、わし[#「わし」に傍点]にも一言いってくれるとよかった」
しかしながら宇治山田の米友は、この時、堪忍袋《かんにんぶくろ》が切れたように飛び上って、
「駒井能登守、能登守……」
拳を握って、歯をギリギリと噛み鳴らしましたから、当の駒井よりは卒塔婆小町の婆さんがおどろきました。
「友さん、どうしたの?」
「どうしたんでもねえんだ、腹が立ってたまらねえんだ、こいつの面《つら》を見るとおいらは腹が立って、口惜《くや》しくって、物が言えねえ
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