米友の唇もまた、拳のふるえるようにふるえています。
「何です、わからないじゃありませんか、無暗に人様をつかまえて。第一、御身分のあるお方に失礼です」
 婆さんが、駒井を御身分のある方と推定したのは、もっと以前よりのことですが、口に出たのはこれが初めてで、つまりその御身分なるものは何だか知れないが、おとももつれないでこうして参詣に来たというものの、その詣《もう》でて行く墓は皆、由緒《ゆいしょ》の正しいものであり、また当人の品格が、いかにも奥床しいところのあるのに、いきなり[#「いきなり」に傍点]ぶッつかった米友の言語挙動が、いかにも粗暴を極めているから、それで見兼ねて、つい、心にあった御身分のあるお方というのが口に出たのです。
 けれども、こういう境界線は、宇治山田の米友にとっては用をなしません。
「ああ、こいつがいなけりゃ、お君は死ななくってもよかったんだ、こいつが、こいつがお君を殺しちまったのだ」
 米友は、またも躍《おど》り上って、歯をギリギリと噛み鳴らしました。
「友さん、ほんとに、お前どうしたんですよ、お前にも似合わない」
 卒塔婆小町の婆さんは、米友が発狂したのではないかとさえ疑いました。しかし米友の昂奮はいよいよ上《のぼ》ることを知って、静まるということはありません。
 駒井甚三郎は、こういうふうに頭から罵《ののし》られても、あえてそれに激するものでもなく、またこのグロテスクの凶暴な表情に恐れをなして、逃げ去ろうでもありません。
 その罵るだけを聞き、その受けるだけの乱暴を受けようとの態度ですから、いきおい、卒塔婆小町婆さんが、身を以て二人の間に立入って、万一に備えなければならない勢いとなりました。
「お、お、お君は……」
 米友は、激しくども[#「ども」に傍点]って、
「お君は、お君だけの女なんだ、そ、そ、それを……殿様の威光でおもちゃ[#「おもちゃ」に傍点]にした奴は誰だ」
「友造――」
 駒井が何か言おうとすると、米友はいっそう激してしまい、
「その分にしておけば一生いきていられる女を、殿様の威光でさんざんおもちゃ[#「おもちゃ」に傍点]にして、飽きた時分に抛《ほう》り出した奴は誰だい。ばかにしてやがら。あの女は死んでしまったんだ。死んだ者はこの世にいねえんだぜ。もう一ぺんこの世へ出せるものなら出してみろ、その上で文句があるならいってみろ、駒
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