の迷うていることもその一つかも知れない、金があれば、ここまで深入りをせずともよかろうものをと思われないではないが……」
と兵馬はいいかけて、また打悄《うちしお》れてしまいます。実際、今の兵馬の場合は金の問題で、怨みもない人を殺《あや》めようと決心を起したのも、せんじつめればそれです。七兵衝からそこへ水を向けられてみると、渡りに舟のようなものではあるが、なんといっても相手がこの田舎老爺《いなかおやじ》では、お歯に合わないほどの金が要ると思うから、親切は有難く思っても、いっそう打悄れるのが関の山です。ところが七兵衛は、存外に腹がいいと見えて、
「それは何よりです、金で思案がきまることでしたら、及ばずながら私が骨を折ってみようではございませんか。いったい差当りお前様は、どのくらいお金がおありになればよろしいのでございますか」
「いいや、それはいうまい、いうたとて詮《せん》のないことじゃ、今までもそなたには、随分世話になっているのに――」
「まあ、おっしゃってみて下さい、七兵衛の手で出来ればよし、出来なければ出来ないと申し上げるまでですから――」
「正直にいってみると、差当り三百両ばかりの金が
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