つらにく》くてたまらないのでありました。それをまた、かなりの緩慢な態度で応対している山崎の振舞を、はがゆく思っておりました。問答は無益、一蹴して血煙を立てて行けば差支えないものを、なぜ山崎が一目置いた応対ぶりをしているのだろうと、それが悶《もど》かしくて堪らなかったから、この場合、火蓋を切ろうとするのを山崎が抑えました。
「まあ、待ち給え、諸君」
「山崎氏、緩慢至極で見ていられぬ」
「待ち給え、これは僕の旧友で、宇津木兵馬……」
そこで改めて兵馬の方へ向き直り、
「宇津木君、まあ、そこへ掛け給え」
山崎譲は自分が先に社《やしろ》の鳥居の台石へ腰を卸して、
「この間、四谷の大木戸で、君は罪のない者を斬ってしまったな、よく考えて見給え、あれは飛脚渡世の者で、家には養わねばならぬ妻も子もあるのだ、ああいう者を斬捨てて、君はいい心持でいるのか。いい心持ではあるまい、間違えられた僕でさえ、気の毒でたまらないから、通りがかりには、キットあの遺された家族の連中へ、見舞に立寄っているのだ。君の人となりもたいていは知っている拙者だ、無意味に人間の命を取って、それを興がる君でないことは、よく知っている
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