てはたかの知れた大名、こっちは二百五十年来、日本を治めて来た八百万石の将軍家のお味方だ。ともかくもこっちへ来い、人目のないところで、もう一応、貴様を吟味してみたり、また貴様の手を借りてみたいと思うこともあるのだ」
といって山崎譲は、がんりき[#「がんりき」に傍点]の手から小柄を取り戻し、百蔵を促《うなが》して、六所明神の森の方へ歩き出すと、がんりき[#「がんりき」に傍点]もいやいやながら、それに従わないわけにはゆきません。
十二
吉原の万字楼の東雲《しののめ》の部屋に、夜明け方、宇津木兵馬はひとり起き直って、蘭燈《らんとう》の下《もと》に、その小指の傷を巻き直しています。
この傷が、妙にピリピリと痛んで眠られないのです。傷が痛むだけではない、良心が痛むのでしょう。
「起きていらっしゃるの」
障子を半ば開いて笑顔を見せた女。
「ああ、眠れないから」
兵馬は正直に答えました。そうすると女は、うちかけ[#「うちかけ」に傍点]を引いて中へ入って来て、
「お怪我をなさったの」
「少しばかり」
「どこですか」
「この小指」
兵馬は巻きかけた右の手の小指を、女の眼の前
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