は少しばかり度肝《どぎも》を抜かれました。自分が有頂天《うちょうてん》になって、六所明神を向うに廻しての策戦を考えているうちに、後ろにいてこういうたちの悪いいたずら[#「いたずら」に傍点]をした奴がある。それをうっかり気がつかずに引張り込まれたなぞは、返す返すもドジだ。昨夜の逃げ出し以来、どうもがんりき[#「がんりき」に傍点]の風向きが悪いと、自分ながら業《ごう》が煮えて、
「誰だい、こんな悪戯《いたずら》をしたのは」
抜き取った小柄を手にして、堂の後ろを見込んで呼びかけてみたが、がんりき[#「がんりき」に傍点]の心持では、こういう悪戯をする奴はほかにはない、七兵衛の奴が後ろに隠れていてやったのにきまっている、一杯食わされたなという心持で呼んでみたのですが、
「がんりき[#「がんりき」に傍点]」
といって、物騒がずに堂の後ろから姿を現わしたのは、意外にも七兵衛ではありません。形こそ七兵衛に似たような旅人の風はしているが、第一、七兵衛よりは物々しい声であって、全く七兵衛とは別人に相違ないから、ここでもがんりき[#「がんりき」に傍点]の百が見当外れで、
「え……」
「どうだ、がんりき[#
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