うと思ったのも拙者ではござらぬ。もしその時、そなたたちを助けようとした人、助け得た人があったとすれば、それは弁信といって、安房《あわ》の国から出た口の達者な、やはり眼の見えない小坊主の働きじゃ。拙者は人を助けはせぬ、助けようともしなかったのみならず……」
「いいえ、もうおっしゃらなくてもよろしうございます、なんとおっしゃってもわたくしは、現在あなた様に助けられているのですから」
 女はひとり、それを身にも心にも恩に着ているのであった。人の過《あやま》ちは七度《ななたび》これを許せと、多数の私刑者の中に絶叫して歩いたのは、竜之助の言う通り、安房の国から出た弁信という口の達者な、目の見えない小坊主であった。しかるにその人は感謝を受けないで、この人がひとりほしいままに女の心中立《しんじゅうだ》てを受けている。怨み必ずしも怨みではない、徳必ずしも徳ではない。外では雨の音。
「さて」
と刀を取って引き寄せようとしたのは、待たしてある駕籠のことを慮《おもんぱか》ったのでしょう。
「まあ、お待ち下さいませ、まだよろしうございます、かまいませんです、みんな家の者同様の人たちなんですから」
 最初には、
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