よ」
「有難う」
「裏のくぐりから出ることとしましょう。夜中に、あたしが時分を見計らってお前を起すから、それまではゆっくり休んでおいで」
「ああ、あたいはそれまで休んでいるけれど、弁信さん、お前寝過ごしちゃいけないよ」
「大丈夫」
「弁信さん、お前の前だけれどね、あたいはお寺はあんまり好きじゃないのよ、清澄にいる時だって、ずいぶん頑入《がんにゅう》にいじめられたからなあ」
「ああ、そうそう、頑入はずいぶんお前を苛《いじ》めたっけね。けれどもね、頑入の方から言えば無理もないところがあるんだよ、お寺へ入れられてもお前は、少しもおとなしくないんだもの、そうして人の嫌いな虫や獣とばかり遊んでいるんだもの。頑入はお仕置のつもりであんなことをしたんだから、頑入ばかりが悪いと思っているとお前、了見《りょうけん》が違うよ」
「高尾の山には、頑入みたような坊さんはいないだろうなあ」
「そりゃいないだろうけれど、お前、おとなしくしなくちゃいけないよ」
「山へ行きたいなあ」
「山はお前、房州よりもあっちの方が本場だから、ずいぶんいい山がたくさんあるだろう、峰つづきを歩くと、甲斐の国や信濃の国の山へまでいける
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