での由を承り、それを頼って参りましたが、不幸にして老師は上方《かみがた》の方へお立ちになってしまったあとなのでございます、それ故に、私も高尾がなんとなくつれなくなりましたから、今宵《こよい》心をきめまして、またも行方定めぬ旅に出でたというわけなのでございます。連れが一人ございます、これは清澄の茂太郎《しげたろう》と申し、私よりも年下の男の子でございます」
問われないのにこれだけのことを、一息に喋《しゃべ》ってしまった者があります。
七
これより先、道庵の家の一間で、中に火の入れてない大きな唐銅《からかね》の獅噛火鉢《しかみひばち》を、盲法師《めくらほうし》の弁信と、清澄の茂太郎が抱き合って相談したことには、
「茂ちゃん、また困ったことが出来たね」
「どうして」
「お前がこの間、上手に笛を吹いたものだから、たちまち評判になって、あれは清澄の茂太郎だ、清澄の茂太郎が道庵先生の家に隠れていると、こう言って噂をしていたのが広がってしまったようだよ」
「困ったね」
「それが知れるとお前、また小金ヶ原のような騒ぎがはじまって、二人が命を取られるかも知れない、そうでなければ
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