る。この女房も、身なりこそは粗末だが、人品になかなか侮《あなど》りがたいところがある。
凧《たこ》の絵を描いてもらって、糸目までつけてもらった鼻たらし小僧は、
「おじさん、お銭《あし》をここへ置くよ」
五六文の銭を抛《ほう》り出して行ってしまうと、そのあとは暫くお客が絶えていたが、絵師は、別の紙を取り出して、盛んに筆を揮《ふる》っている。
その逞《たくま》しい筋骨といい、両刀を離さないところといい、その女房の品格のあるところといい、たしかに変った絵師夫婦であるが、さりとは落ちぶれ過ぎたと哀れを催すものもありましたが、米友は、その絵師が描きなぐっている絵筆の勢いが、ばかに気持がいいので、お得意柄、名人の使う槍でも見るような気持で、その筆勢に見惚《みと》れておりました。
感心なことに宇治山田の米友は、何事に限らず、芸の神髄を見ることが好きなのです。生《なま》な奴がキザな真似をすれば、この男は、やにわに立って叩きのめしたくなる病があると共に、事の妙境に触るるを見てとった時には、我を忘れて心酔するの稚気《ちき》があるのです。
そこで、この絵師の書きなぐる筆勢を、心酔的にながめていると
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