の奥であろうとは想像するのです。
ふと、その空気の圧迫と、怪しい鳥の落ちて来る鳴き声に、過ぎにし武州御岳山の霧《きり》の御坂《みさか》の夜のことが、彼の念頭を鉛のように抑えて来ました。宇津木文之丞を木剣の一撃に打ち斃《たお》したその夜、同門の人にやみうちを受けた霧の御坂の一夜、その夜、山の秘鳥、御祈祷鳥《ごきとうどり》が、降りかかるようにわが身辺に鳴いていた中を、彼は熱さに燃ゆるお浜の胸を抱いて、闇を走ったのではないか。
お浜はいずれにある。恨みに生きて恨みに死んだ、かの憎むべき女の遊魂は、いずれにさまよう。
人間の罪、今も心なき駕籠舁の口から出たその人間の罪は、男女いずれに帰すべきやを知らない。その起るところのいつであるか知らないように、その終るところのいずこであるやを知らない。ただ知っているのは、罪は畢竟《ひっきょう》ずるに、罪以上のものを産まないということ。
それは仮りに罪といってみるまでのことで、竜之助自身にあっては、世のいわゆる罪ということが、多くは冷笑の種に過ぎないことです。彼は自分の生涯を恵まれたる生涯だとは思っていないが、また決して罪悪の生涯だとは信じていないの
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