「ところが、今だって本当のところはどうだかわかりゃあしません、わからないけれども、私は最初から眼をつぶっていますからね」
 按摩の言葉は、妙にからんで来ました。
 按摩を相手に話しているところへ、勝手口から静かに入って来て、
「お母さん、ただいま戻りました」
「梅ちゃんかえ」
 そこへ、手をついたのは十四五になる小娘であります。
「帰りに、楽屋の方へ廻って来たものですから、ツイ遅くなりました」
「楽屋では変ったこともなかったかエ」
「あの、力持のお勢《せい》さんが、少しお腹が悪いと言って寝ていました」
「勢ちゃんがかい」
「ええ、それでもたいしたことはないのでしょう、寝ながらみんなと笑い話をしていましたから」
「鬼のかくらん[#「かくらん」に傍点]だろう」
「あ、そうそう、福兄《ふくにい》さんが来て待っていました、今日はどうしても親方にお目にかかりたいが、いつ帰るだろう、帰るまでまっているとおっしゃいました」
「ここを言やあしないだろうね」
「エエ、誰も言いませんでした。多分、晩方までには帰るでしょうと、お勢さんが言いましたら、福兄さんが、それじゃ晩方まで待っていようとお言いでした
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