、わたしを可愛がる人はこの世にありません」
「けれども、お嬢様、あの方は悪人ですよ、あの方の傍にいると、いつか、あなたも殺されてしまうことを、お忘れになってはいけません」
「いいえ、あの方は、決してわたしを殺しはしません……わたしを殺さないだけではなく、わたしが傍にいれば、あの方はほかの人を殺さなくなるのです。わたしとあの人とは、しっくりと合います、わたしの醜いところが全く見えないで、わたしの良いところだけが、この肉体《からだ》も心も、みんなあの人のものになってしまうのですから。わたしは、天にも地にも、あの人よりほかには可愛がってくれる人もなければ、可愛がって上げる人もないのです……後生《ごしょう》ですから、あの人に会わせて下さい、いくらお金がかかってもかまいませんから、あの人の行方を探してみて下さい」
この女はお銀様――甲州有野村の富豪藤原家の一人娘。花のような面《かお》を、鬼のように焼き毀《こぼ》たれてから、呪《のろ》われた肉体《からだ》に、呪われた心が宿ったのはぜひもありません。スラリとした娘盛りの姿に、寝るから起きるまでお高祖頭巾の裡《うち》につつまれた秘密、それに触るるもの
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