ば、甲州街道きっての評判でございましたよ、街道を通る人が花屋のお若さんから、お茶を一ついただかないことには話の種になりませんでした、それだけ評判者でしたけれども、身の上をお聞き申すとかわいそうです」
「ははあ」
机竜之助は思わぬところから、女の身の上話を聞かされようとするのを、あながちいやとは思いませんでした。今までも、自分を推《お》しては問わず、女もまた好んで語ろうともしなかったが、雨の山駕籠を揺りながら、朴訥《ぼくとつ》な土地の者の口から無心に語り出でられようとする情味を、あえて妨げようとする気にもなりません。
「御存じですかね、お若さんは花屋の本当の娘ではありません、小さい時に貰われて来たんです」
「なるほど」
「貰われて来たんですけれども、その親許がわからないのですね」
「親がわからない?」
「それがね、わかっているのですけれども、わからないことにしてあるんです」
「というのは?」
「それが、なかなか入《い》り込んでいるんです。あの甲州街道の、駒木野のお関所の少し北のところに、お処刑場《しおきば》のあとがあるんでございます。今は、そこではお処刑《しおき》がありませんが、昔は、
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