も仲間割れがして、おのおの意見も違っているではないか。尊王攘夷の浪士とても、もとより無頼漢もあれば、真に尊敬すべき人もある。その尊敬すべき点を認めて、同情を寄せるには何の妨げもあるまいではないか。それがために、貴殿より恨まるるならば、恨まれても仕方がない」
「うむ、君が本心からそれを言うならば、我々は今後、君を待つのに裏切者を以てしなければならぬ」
「拙者はあえて裏切りをした覚えはない」
「昨日は我々の組の世話になり、今日はまた西国浪人どもの手先をつとめる卑怯者!」
「卑怯者とは聞捨てがならぬ」
兵馬はムッとして怒りました。その怒りは心頭より発したる怒りではなく、癇癪《かんしゃく》より出でた怒りでしたけれども、この場合怒ることのできたのは物怪《もっけ》の幸いでした。しかしながら、兵馬の怒るより激しく怒っているのは、山崎譲ではなく、乗物を守護して来た数名の覆面のさむらい[#「さむらい」に傍点]たちです。
さいぜんからの事の行きがかりを、彼等は焦《じ》れきって注視している。遽《にわ》かに乗物の鼻を抑えたことさえあるに、まだ小二才の身分で、山崎譲に向って、ちっとも譲らぬ談判ぶりが、面憎《つらにく》くてたまらないのでありました。それをまた、かなりの緩慢な態度で応対している山崎の振舞を、はがゆく思っておりました。問答は無益、一蹴して血煙を立てて行けば差支えないものを、なぜ山崎が一目置いた応対ぶりをしているのだろうと、それが悶《もど》かしくて堪らなかったから、この場合、火蓋を切ろうとするのを山崎が抑えました。
「まあ、待ち給え、諸君」
「山崎氏、緩慢至極で見ていられぬ」
「待ち給え、これは僕の旧友で、宇津木兵馬……」
そこで改めて兵馬の方へ向き直り、
「宇津木君、まあ、そこへ掛け給え」
山崎譲は自分が先に社《やしろ》の鳥居の台石へ腰を卸して、
「この間、四谷の大木戸で、君は罪のない者を斬ってしまったな、よく考えて見給え、あれは飛脚渡世の者で、家には養わねばならぬ妻も子もあるのだ、ああいう者を斬捨てて、君はいい心持でいるのか。いい心持ではあるまい、間違えられた僕でさえ、気の毒でたまらないから、通りがかりには、キットあの遺された家族の連中へ、見舞に立寄っているのだ。君の人となりもたいていは知っている拙者だ、無意味に人間の命を取って、それを興がる君でないことは、よく知っている
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