方には事のなりゆきを注視して、彼等はすわ[#「すわ」に傍点]といわば山崎に加勢する身構え気込み充分です。
しかし、山崎は甚だ騒がぬ体《てい》で、
「宇津木」
と言葉をかけて、一足近寄って来ました。
「宇津木、君は何か非常に心得違いをしているらしい、ナゼ君は拙者を殺そうとしているのだか、その理由が一向にわからんので、僕は迷っている。考えても見給え、君と拙者とは、壬生の新撰組で同じ釜の飯を食った仲ではないか、それ以来、拙者は何か君に怨まれることをしたのかな」
こういわれてみると、兵馬は返すべき言葉がないので、ぜひなく、
「私の怨みではない……」
といいますと、すかさず山崎は、
「私の怨みでなければ何だ」
兵馬は、この場合、たしかにやや逆上していました。
「ある人に頼まれたのだ」
「人に頼まれた? ばかな!」
山崎は、カラカラと笑うと、いっそう激昂した兵馬は、
「山崎氏、君にはなんらの怨みとてはないが、君が邪魔をするために、国家の大事を誤るといって慨《なげ》いている人がある、その人のために君を遠ざけねばならぬ。拙者はその人のために助けられている、その人は拙者の命の親である、余儀なき頼みを引受けて君を遠ざけようとするのも、一つには恩に酬《むく》ゆるため、一つには君等が邪魔をするために、国家の大事を誤ると慨いている――それが気の毒で、頼みを引受けたまでじゃ」
「まあ、待て、待て。君を頼んだというその人も、こっちではちゃん[#「ちゃん」に傍点]と見当がついている、その人たちがほんとうに国家を憂いている人か、あるいは乱を好む一種の野心家に過ぎないか、君にはそれがわかっているのか」
「わかっている」
「わかっている? では、あの連中が本当の憂国者か」
「少なくとも、君等の見ているよりは、広く今の時勢を見ていることだけは確かだ」
「宇津木、君はいやしくもいったん新撰組に籍を置いた人として、この山崎譲の前で本心からそれをいうのか」
「無論のこと」
「そうなると、君は我々同志に縁のあるものを、残らず敵とするのだが、それでいいか。拙者だからいいようなものの、他の同志の中で、その一言を吐けば、君はその場で乱刀の下に、血祭りに上げられることを知っているだろうな」
「拙者は、壬生《みぶ》の屯所の世話になったことがあるけれど、新撰組に同志の誓いを立てたものではない。その新撰組とても、幾つに
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